研究概要

 私は、一貫して二つの研究テーマを追求してきた。ひとつは、セリンプロテアーゼ(タンパク質分解酵素の一種)の前駆体による自己触媒的活性化の分子機構の解明である。複数のプロテアーゼ前駆体からなる活性化の連鎖反応、すなわちカスケード反応は、哺乳類の血液凝固系ではじめて報告された生体防御システムの一つである。そのプロテアーゼカスケードの最上流に位置するプロテアーゼ前駆体の活性化は、前駆体どうしの近接効果による分子間相互作用による自己触媒的活性化で起こると説明される。しかし、自己触媒的活性化という概念を支える分子機構の実態は推測の域を出ていない。私は、1979年、ヒト凝固因子前駆体であるプロトロンビン(prothrombin)を用いて、黄色ブドウ球菌の分泌タンパク質(Staphylocoagulase: SC)を介した自己触媒的活性化の分子機構の研究を開始し、マックスプランク研究所(Huber/Bode研究室)の協力を得て、prothrombin・SC複合体のX線結晶構造解析により、2003年、その自己触媒的活性化機構の詳細な構造基盤を報告するに至った。さらに、グラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖lipopolysaccharide(LPS、またはエンドトキシン)と相互作用して自己触媒的活性化を引き起こすセリンプロテアーゼ前駆体であるカブトガニのプロケリセラーゼC(prochelicerase C: pro C)について研究し、2018年、その自己触媒的活性化における活性化の遷移状態(LPS-pro C*)を証明することに成功した。

 

もう一つは、カブトガニと黄色ショウジョウバエ(ハエ)を用いた無脊椎動物の自然免疫の分子機構の研究である。カブトガニの体液中には、機能的には哺乳類の白血球に相当する顆粒細胞があって、LPSに鋭敏に反応して体液の凝固を引き起こす。この反応は単に体液の流出を防ぐだけでなく、侵入する細菌に対する重要な自然免疫のひとつである。そこで、カブトガニ顆粒細胞から自然免疫に関連するタンパク質を精製し、凝固反応の制御タンパク質、抗菌ペプチド、異物認識タンパク質としてのレクチン等を同定した。さらに、それらのアミノ酸配列やcDNA配列を世界に先駆けて明らかにするとともに、国内外の研究グループとの共同研究により、X線結晶構造解析やNMRによる構造解析を行い、異物認識におけるパターン認識の分子機構を解明した。特に、レクチン類の中にはフィブリノーゲンの相同タンパク質(tachylectin-5)が含まれており、無脊椎度物の自然免疫におけるフィブリノーゲン相同タンパク質の重要性を示す嚆矢となった。また、同定した抗菌タンパク質のすべてが、キチンに特異的に結合することを発見した。キチンは、糸状菌の細胞壁の主要な構造多糖体であり、キチンは抗菌・抗カビ物質として作用する際の標的物質となることが判明した。さらに、酸素運搬タンパク質のヘモシアニンが抗菌ペプチドと複合体を形成すると、フェノール酸化酵素に機能変換することを発見した。フェノール酸化酵素は、自然免疫においてメラニン形成にかかわる重要な酵素のひとつである。 

 

1983年、米国においてカブトガニ顆粒細胞の抽出液を用いたLPS検出試薬が市販され、現在でも医薬品製造過程において、必要不可欠の検査試薬となっている。環境悪化の影響でカブトガニの絶滅が危惧されるなか、私の研究室は、カブトガニ体液凝固に関わる3種のセリンプロテアーゼの前駆体の組換えタンパク質を用いた凝固カスケードの再構成に成功し、2017年、企業との共同研究により、高感度のLPS検出試薬(遺伝子組換えエンドトキシン測定用試薬:PyroSmart NextGenTM)を世界に向けて上市した。最近では、天然型より機能を向上させた組換えタンパク質の調製に成功し、より高感度のLPS検出試薬が期待されている。 これらのカブトガニの自然免疫の分子機構の解明は、世界的にみても私の研究室の独壇場であり、その研究の独創性と新規性は非常に高い。これらの研究成果は、無脊椎動物の自然免疫系の解明だけでなく、そこから普遍的な自然免疫系の理解を促すであろう。なぜなら、自然免疫の本質は、自己と非自己の識別という多細胞生物に共通した反応を基礎としているからである。

 

一方、ハエの分子生物学を駆使して、腸管における常在細菌との共生を可能にしている分子機構を解明した。腸管での宿主と常在細菌とのクロストークについては不明な点が多く、常在細菌に対する免疫寛容の機構を中心に解析した。特に、タンパク質架橋酵素であるトランスグルタミナーゼ(TG)の機能研究を推進し、2013年、TGがハエ腸管免疫の制御系に重要な働きを担っていることを初めて報告した。さらに、TGが2種類の脂質修飾(ミリストイル化とパルミトイル化)を受けることにより、細菌感染依存的にエキソソームとして分泌されることを発見した。エキソソームは直径が20から100nm 程度のナノ小胞で、血液やリンパ液などに含まれており、がん細胞の浸潤や転移にも関わることが判明している。これらの脂質修飾によるタンパク質のエキソソームを介した分泌は、これまでに知られておらず、哺乳類においても新たな研究分野が開拓されることが期待されている。

 

研究業績の要約

 

I. 原著英語論文

1. Gokudan, S., Muta, T., Tsuda, R., Koori, K., Kawahara, T., Seki, N., Mizunoe, Y., Wai, S. N., Iwanaga, S., and Kawabata, S.: Horseshoe crab acetyl group-recognizing lectins involved in innate immunity are structurally related to fibrinogen. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96, 10086-10091 (1999).

 

2. Friedrich, R., Panizzi, P., Fuentes-Prior, P., Richer, K., Verhmme, I., Anderson P. J., Kawabata, S., Huber, R., Bode, W., and Bock, P. E.: Staphylocoagulase is a prototype for the mechanism of cofactor-induced zymogen activation. Nature 425, 535-539 (2003).

 

3. Ariki, S., Koori, K., Osaki, T., Motoyama, K., Inamori, K., and Kawabata, S.: A serine protease zymogen functions as a pattern-recognition receptor for lipopolysaccharides. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 953-958 (2004).

 

4. Shibata, T., Sekihara, S., Fujikawa, T., Miyaji, R., Maki, K., Ishihara, T., Koshiba, T., and Kawabata, S.: Transglutaminase-catalyzed protein-protein cross-linking suppresses the activity of the NF-κB-like transcription factor Relish. Science Signaling, 6, ra61 (2013).

 

5. Shibata, T., Kobayashi, Y., Ikeda, Y., and Kawabata, S.: Intermolecular autocatalytic activation of serine protease zymogen factor C through an active transition state responding to lipopolysaccharide. J. Biol. Chem. 293, 11589-11599 (2018).

 その他126編

 

II. 著書

1. Kawabata, S., Muta, T., and Iwanaga, S.: Clotting cascade and defense molecules found in hemolymph of horseshoe crab. In New Directions in invertebrate immunology (Söderhäll K. et al., Eds.) (1996), pp 255-284, SOS Publications, Fair Haven NJ.

 

2. 川畑俊一郎、牟田達史、三浦芳樹、斉藤哲、岩城大輔、岩永貞昭:カブトガニの生体防御戦略. バイオディフェンスシリーズ第1巻、63-107頁、菜根出版 (1996)

 

3. 川畑俊一郎、柴田俊生:カブトガニの免疫.「動物の辞典」515-520頁(末光隆志 総編集)朝倉書店 (2020).

 その他28件

 

III. 賞

1. 昭和61年度 井上科学振興財団 井上研究奨励賞「ヒトプロスロンビンのスタフィロコアグラーゼによる活性化機構」

 

2. 平成 7年度 日本生化学会 奨励賞「カブトガニ血球細胞内大・小顆粒に含まれるディフェンスモレキュル群の発見と構造解析」

 

3. 平成20年度 日本比較免疫学会 古田賞「節足動物の自然免疫に関わるタンパク質の構造機能研究」

 

IV. その他(特許等)

1.国際公開番号 W02014/92079、発明者:水村 光・小田敏男・川畑俊一郎、出願人:生化学工業株式会社、発明の名称:新規組換えファクターC、その製造法、およびエンドトキシンの測定法

 

2. 特許公開2019-122、発明者:水村 光・小田敏男・川畑俊一郎、出願人:生化学工業株式会社 発明の名称:新規組換えファクターC、その製造法、およびエンドトキシンの測定法

 その他3件