楽寂静ノート4:広学博覧はかなふべからざる事

 中学1年の時に火星大接近があって、6 cmのケプラー式屈折望遠鏡を夜空に向けてから、時空を超えてやってくる星の光に魅了されている。その天体望遠鏡は、当時、幾年もかかって貯めたお年玉をもってしても買えない代物であったが、今は亡き親父が不足分を補ってくれた。現在の自宅には、25cmのニュートン式反射望遠鏡がある。妻には「場所をとりすぎ~」と非難され、街灯の明かりに邪魔されながらも、木星の縞模様や土星の環を観察することができ、月面の散歩も楽しめる。何年も前のこと、息子とハワイのマウナケア山頂(標高4, 205 m)で経験した夢のような星降る夜空は、感動的だった(フォト13)。あの時のカノープス(南極老人星)は、まだ輝いているのだろうか。

 

 太陽系の属する天の川銀河には2000億の恒星があり、全宇宙には3000億あまりの別の銀河があるという。それぞれの恒星に10個程度の惑星があるとすると、全宇宙の星の数は、2×1011×3×1011×106×1023となって、アボガドロ数に匹敵する。ある日の研究室での論文紹介の際に、全人類(60億)の腸管に寄生する常在菌の数(ひとり当たり100兆)が、アボガドロ数に近いことに気づいた(6×109×10146×1023)。私の素人感覚では、アボガドロ数は、この世に存在する物の数を制限する深遠な数値に思えるのだが、生化学分野では、その深遠な数値をモル数に置き換えて、気軽に使っている。

 

 先日、春休みで帰郷していた息子が大学へ戻るというので、見送るついでに何気なく空港で買った本の中に、驚くべき数値を知って愕然とした。「すべての宇宙の星や銀河を集めても、宇宙全体の重さ(質量)の0.5%しかならない」と書かれてある(宇宙は何でできているのか:村山斉、幻冬舎新書)。ガス状の原子やニュートリノを加えても、全宇宙の4.4%に過ぎない。残り96%の大半は、原子から構成されていない暗黒物質と暗黒エネルギーと呼ばれる正体不明のやつらしい。ダークマターという言葉は知ってはいたが、そこまでメジャーな宇宙の役者であることなど知る由もなかった。銀河や星々(原子で構成された物質)の質量は、宇宙規模でみると、統計学的には誤差範囲の値なのである。「薄識」を実感した瞬間であった。

 

 最近、当大学院においてさえも、「タコつぼ的専門教育」をさけ、座学をとおして幅広い知識を身につけ、学位取得者の活躍の場を広げようという考えが跋扈している。果たして、それでよいのであろうか。道元禅師の教示には、「広学博覧は、かなふべからざる事也。一向に思ひ切て留まるべし。只、一事について用心故実をも習い、先達の行履(あんり)をも尋ねて、一行を専らはげみて、人師先達の気色すまじき也。」とある。福島原発事故の報道を見るにつけ、原発研究者や技術者の一致団結した決断力と実行力の必要性を感じざるを得ない。緊急事態時(本当に必要とされる時)には、100人の幅広い知識人よりも、数人でもタコつぼで苦悩してきた(一行を専らはげんだ)本物の専門家のみが機能できるのではないか。

2011年3月30日